もしもの時の“手拭い”。見るだけで非常時の心得がわかる「防災拭い」に込められた想いとは?
今回、取材を受けてくれたのは、日新火災の代理店(岩手県盛岡市)であるコミット保険サービスの小野公司さん(以下、小野さん)。小野さんが代表取締役を務める「有限会社クワン(以下、クワン社)」は、広告の企画やデザイン、クリエイティブ制作、インターネットコンテンツ企画制作等々多岐に渡る活動を行っています。なかでも今回は、同社で制作されている防災アイテム「防災拭い(ぼうさいぬぐい)」を通じた取り組みに焦点を当て、様々なアイデアが浮かぶきっかけや、事務所がある岩手県への想いについて、語っていただきました。
防災拭いとは?
「防災拭い」とは、“災害を防ぐ”という意味の「防災」と日本古来の「手拭い」をかけた造語です。もしもの時に様々な用途へ活用できる「手拭い」へ、災害時に落ち着いて行動するための手順や防災情報を厳選し、やさしくわかりやすいイラスト付きで記載している防災アイテムです。
防災拭いを制作するようになったのは2005年、地元の放送局からの「防災手帳を作ってほしい」という依頼がきっかけでした。それを受け、このようなアイデアが浮かんだそうです。
「手帳は机の中にしまってしまうため、すぐ目に入らないのでは?」
「いざという時はマスクにもなり包帯にも、三角巾にもなる日本古来の伝統の防災品(手ぬぐい)に情報を記載したらいいのでは?」
元々クワン社で布巾などをデザインしていたこともあり、一家に一枚置いておける、実用性があるものを制作したいと考えました。
この「防災拭い」は、命に関わる問題であるため、専門的な知識がある方に携わってもらいたいと判断したクワン社。そこで、東北大学災害科学国際研究所の地震学者である今村文彦教授に監修を依頼しました。そして、2005年9月に「災害時に備えて、いつも携帯したいアイテムや備蓄をしておきたいアイテム」「手ぬぐいの使い方」「もしものときのお役立ちメモ」を分かりやすいイラストで記載した「防災グッズ編」の防災拭いが完成したのです。
他にも、様々な災害を想定した「地震編」「津波編」「台風編」「豪雨編」の防災拭いを制作。また、現在は普段備えている防災用品にプラスして女性が備えておきたいものをまとめた「レディのココロエ編(聖路加国際大学五十嵐ゆかり先生監修)」、新型コロナウイルス感染症を予防するための「新型コロナウイルス感染症編」、大事な家族である愛犬・愛猫を災害から守るための「愛犬・愛猫を守る編」などが展開されています。自分にとって必要な防災拭いを持っていれば、様々なリスクに応じて冷静に対応できそうですね。
中には、身近に感じてもらえるようにと、各地域の「ゆるキャラ」をデザインに組み込んだ防災拭いもあります。
そんな中、東日本大震災が発生
防災拭いの制作を始めて6年後、2011年3月11日に東日本大震災が発生。大きな津波が押し寄せ、広範囲にわたり甚大な被害を生みました。筆者は、自宅で津波の映像を見ていましたが、茶色い波が一瞬にして街を飲み込んでいく衝撃を今でも鮮明に覚えています。
岩手県沿岸地域にある宮古市の道の駅にも津波が押し寄せましたが、販売していた防災拭いを店内に掲示していたこともあって、店員さんは津波の避難意識をもっており、「速やかに避難行動ができた」と連絡があったそうです。もしかすると、使わないことが一番いいことなのかもしれませんが、いざという時に活用できたことは、小野さんにとって、「防災拭いを作って良かったと思った瞬間」だったのではとお話を伺っていました。
しかし、時間が経つにつれて、東日本大震災の報道は少なくなり、今はほとんど見る機会がありません。小野さんも「忘れたころに地震がきたら大変と感じる」と思いつつ、日々を過ごしていました。
息子さんの同級生が突然……
東日本大震災からしばらく経ち、小野さんの息子さんが小学校に入学して約1週間後。息子さんの同級生が登下校時に事故に遭い、亡くなってしまったことを知り、「とても悲しい気持ちになった」と小野さんは話してくれました。保育園や幼稚園の通学時は、保護者も一緒のことが多いため、事故を防ぎやすい状況にありますが、小学校にあがると子どもたちだけで登下校する場面も増えます。小野さんは「もう一度、登下校時の注意点を振り返ったほうがいい」と気になっていました。
それから16年。当時の先生たちに「登下校時の注意喚起をしなければいけない」と持ち掛けました。1番に注意を促したいのは、入学したばかりの小学校1年生でしたが、物を買わせるのは可哀想……。そこで「地域の企業からプレゼントしてもらうのがいいのでは」と考え、様々な団体や地域の企業などに声をかけて回ったそうです。当時は、新型コロナウイルス感染症が騒がれている時期でしたが、将来を担う子供たちに支援したいという気持ちから、多くの地元企業が参加されました。ここで生まれたのが「ピカイチ企画」です。
岩手の子どもたちを守る「ピカイチ企画」とは?
2022年度よりスタートし、交通安全のルールや災害時の避難方法など小学校1年生の安全を守る知識を記載した「ピカイチぬぐい」を、入学記念品として岩手県内の新小学校1年生に送る「ピカイチ企画」。売り上げの一部は、東日本大震災で被害を受けた子ども達を支援する「いわての学び希望寄付」へ寄付されています。2023年度は、24の企業・団体が賛同し、約3,000名の新1年生へピカイチぬぐいが贈られました。小学校1年生でも分かりやすいようなイラストや、くり返し保護者と確認するような記載もあるなどの工夫が施されています。
このピカイチ企画を続けることに意味を感じている小野さん。「徐々に風化してしまう東日本大震災による防災意識を、このピカイチ拭いを通じて考えるきっかけにしてほしい。」とお話しされていました。
つづけて、「家族や身近な人たちと、色々な想定をして書き留め、非常時の対応をルールにして話しておくことも大切。」と災害に対する意識は人によって違うことを教えてくださいました。
小野さんにとってのサステナブルは?
会社では、省エネ、ごみを減らす、紙ベースを無くすなど、無駄なものをどういう風に省くかを考えているそうです。また、地域貢献活動の一環として、女性が集まりたくなる街にするためのきっかけとして女子サッカーチームの運営、学童保育の運営など、様々な取り組みをされています。
「これらの根幹には、サステナブルを自分ごと化として捉えることが重要」 と小野さんは言います。「本当に困らなければ、自分のために動くことは出来ないと思います。環境問題だってそうです。現在は、温暖化が悪化し今まで以上に困るようになってきたから多くの人が対策しているのでしょう。それでも、やはりまだ他人事のように思う人もいるから本腰で対策に取り組めないこともあるのではないかと思います。問題を自分ごととして捉えられるようになるためには、「困ること」が大事じゃないかな。」
確かに、今まで当たり前にやったことが不便になると、何とかして改善しようと思いますよね。その意識を持つことが、サステナブルなアクションに繋がるかもしれません。
最後に読者へメッセージ
「楽しい発想が世の中のためになる!」と小野さん。これまで紹介した以外にも、捨てられる炭を砕いてつくる、消臭・UV機能を兼ね備えた南部黒染めの手ぬぐいや、着なくなった着物をアップサイクルしたグッズの開発、地元の歴史が分かるような絵地図の制作など、多くのアイデアを商品として世に送り出しています。それらを手に取ってもらえるように、「時には長い物には巻かれ、巻かれた振りして巻き返す」こともあるそうです。いろんな意見を聞いて、さらにいいものにすることが楽しみなのだと語っていただきました。
おわりに
いかがでしたでしょうか。今回は、小野さんが制作している防災拭いを通じた取り組みや想いをお届けしました。小野さんのアイデアには、様々な災害や事故に対応することができる「本当に役立つもの作りたい」という想いや「地域に貢献したい」という気持ちが感じられました。特に、いつもそばに置いておける防災拭いは、手帳ではなく手拭いの形に変えて利便性を図る「やさしい想い」が込められていました。